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05 October

【うちと隣の本丸事情】うちの本丸のにっかり青江が顕現した日【にっかり視点】

ずっと書きたかった刀剣乱舞のプレイ記録を元にした妄想話です。
 第一弾はにっかり視点の二日目の本丸の様子。

=== CATION !! ===
 このお話は作者のプレイ記録を元にした妄想話です。
・刀剣が性別問わず人間や他の付喪神を愛する描写があります。ご注意ください。
・ごく稀にブラック表現がありますが、普段はまったりほのぼの本丸です。
・一人称のオムニバス形式です。
 なるべくいろんなキャラの視点で書きますが、プレイ状況でどうしても偏りが出ます。
・うちの審神者≠作者。
 審神者が御手杵のそっくりさんです。
 作者と似た言動をしますが、あくまで別人扱い。
・隣の本丸は姉の本丸が元になっていますが、プレイ記録がないためほぼ妄想本丸です。
 やはり隣の審神者≠姉。うちの審神者の兄設定のガチムチ審神者です。
・うちの本丸も最初の方はドロップと鍛刀の記録しかないため、結構あやふやです。
・他の本丸と異なる解釈になることもありますが、パラレルワールドのようなものだと思ってください。
・ナチュラルに戦国大戦とクロスオーバーしています。
 明記がなくても戦国時代の主のイメージは戦国大戦です。
・新撰組は銀魂のイメージがありますがまだ固まっていません。
・その他おすすめの主がいれば教えてください。
・作者は歴史に詳しくありません。
===この話の注意事項====
・にっかり×宗三です。にか宗です。
・初期刀の歌仙が出張っています。
・無駄に長い。
・この本丸についての説明もあります。
 最後のページに纏めたので、にか宗が苦手な方は最終ページに飛んでください。
・にっかりの刻印は丹羽長秀のものにしています。
・戦国時代の主達の話が少し出ますが、各イメージは以下の通りです。
 権六、鬼の権六→柴田勝家(鬼柴田の意地)
 権六、於国丸→柴田勝敏(イメージなし)
 五郎左→丹羽長秀(イスパニア方陣)
 織田信長(三段撃ち)
 今川義元(花倉の乱)
 細川忠興(弔いの炎)
===以上よろしい方は追記よりどうぞ!===




 大阪の冬は凍てつくような寒さだった。鉄の身体は触れただけで切れそうなほどに冷えていたが、実体のない仮初の姿では温めることもできない。鈍く光る刀身を横目に茫然と白煙の昇る虚空を眺めながら、僕は膝を抱えて先ほどの出来事を反芻していた。
 突然百足の化け物に攫われて過去に連れてこられた。何を言っているのかと眉を顰められるだろうけど、過去の大事件を前にすれば誰もが納得するだろう。大阪冬の陣。天下に名を轟かした豊臣家の終焉はもう数百年も昔のことだが、何度も再建された大阪城は二重の堀もそのままに、蔵の肥やしにもならない大砲の雨を浴びて悠然とそびえている。
 何でこんなことになったんだろう、とぼやきながら僕は膝を胸へ寄せる。僕をわざわざ連れてきておいて放置した化け物たちはどこに行ったのか、と重たい首を巡らせれば、化け物百足が一匹風を切って突っ込んでくるじゃあないか。ぶつかるわけでもないのでそのまま眺めていれば、前触れもなく閃光が翻り、百足はどす黒く光る粘液を撒き散らしながら二つに裂けた。ぼとぼとと生々しい音を立てて地に落ちたそれがあった場所には、代わりに険しい顔をした優男が立っていた。
 男は青みの強い二藍の髪を揺らしながら、滑らかな肌についた血を手甲で拭う。行灯袴に西洋マントを纏った彼は少しばかり幼く見えるものの、体つきを見るかぎり僕と同じか少し年上だろう。牡丹に彩られた青い着物にもべったりと赤黒い斑点が付着していたが、彼は付いた物より汚れたことが不快なようだった。手に握られた刀には只者とは思えない清廉な魂が宿っている。間違いない、彼は僕と同じ刀の付喪神でありながら肉体を持っているのだ。
 そのまま彼を眺めていれば、僕の視線に気がついたのか眼前の人は僕に顔を向け目を剥いた。すると、彼の肩口からひょっこりと白い物体が顔を覗かせ、一対の黄水晶を瞬かせた。
「どうした?歌仙。何か見つけたのか?」
「ああ。そこの君、ちょっといいかい?」
 そう言われてようやく僕の存在に気がついたのか、白一色の青年が僕の顔を見やる。どうやら彼の他にも何人かいたようで、ダークスーツを纏う隻眼長躯の丈夫と大きな瞳を怪しく光らせる法衣の少年、漆黒の衣装に豊かな金の髪を垂らした小柄な青年や浅黒い首筋に栗毛を流す男が姿を見せた。一見何の共通点もない彼らだが、その手には銘々霊魂の宿った刀を持っている。付喪神がこんなに揃うとは珍しい、と口の端を上げると、ようやく歌仙と呼ばれた青年が口火を切った。
「君はもしかして、そこの刀かな?」
その言葉に確信して目を細めれば、彼らにも伝わったのだろう。よく研がれた刀が鞘に納まる小気味よい音を聞きながら、僕はゆっくりと己の名に似つかわしい笑顔で頷いた。
「僕はにっかり青江。うんうん、君も変な名前だと思うだろう?」
    * * * 
 脳髄を鷲掴みされるような歪な空間を通り抜ければ、質素ながら雄大な平屋が視界いっぱいに横たわっていた。先程までの厳しい寒さとは対称的な、柔らかい日射しと香しい緑に彩られたこの建物は彼らの本丸だという。二の丸三の丸はないそうだが、人が増えれば造ってくれるかもしれないね、とは歌仙君の言だ。端から端まで首を巡らせてみれば、小夜と名乗る少年と同じ年頃の童たちが渡り廊下を踏み鳴らしてこちらへやってくるのが見えた。賑やかな彼らの後ろで慌てて転ぶなよ、と口を尖らせるのは大人びた白衣の子供。その肩を親しげに抱いた少年は、もう一方の手を振り、女人が羨むような柔らかな長い黒髪を揺らして声を張り上げる。
「おかえりなさーい!」
 それを合図にわらわらと飛びついてきた子供たちも、目の前の障子を開き手拭いを持ってくる青年たちも珍しいことに皆付喪神だった。ちらりと歌仙君に視線を送るが、彼は黒髪をだらしなく束ねた大柄な青年の相手に忙しくこちらの様子には気がついてはいないようだ。ついつい息を漏らしたのが耳に入ったのか、光忠と名乗った眼帯の青年が僕に片目を向け、眉じりを下げた。
「ここは審神者の他には刀しかいないんだ」
 君と同じように人間の肉体を与えられたね、と補足してから、まあそういう僕も今朝ここに来たばかりなんだけど、と彼は困ったように笑う。そんな彼に同調するように「俺なんてここに来てから一刻も経ってないぞ!どうだ、驚いたか!」などと白い外套に白い手を当ててカラカラ笑う鶴丸君へ素直に驚嘆を返せば、やめておけ、調子に乗るぞと栗毛の倶利伽羅君が眉をひそめる。その様子を黙って見守る小夜君の腕には先程子供の一人が連れていた白虎がおり、獅子王君が髪と同じ金の縁取りを撓め良くやったなと頭を撫でていた。存外賑やかなものである。
「そもそもこの本丸は昨日発足されたばかりなんだよ」
 ようやくこちらを向いた歌仙君の頬は朱に染まり、とろけるように細められた縁から覗く瞳は初夏の日射しを受けてぴかぴかと輝いている。この本丸には最初に来たと言っていたから、きっと人が集まるのが嬉しくて仕方が無いのだろう。もっとも僕はそんなに純粋でもないので、笑いなよ、ぴっかりとなんて心の中で茶化していたが。
 どうやらここに住む刀はこれでほとんどらしい。ざっと見た感じ十六人ほど。二十にも届かないが、一振り一振り癖がある名刀がこれほどまでに纏まっている様は何とも言い難い光景だ。それも、たった二日の仲だというのだから驚かざるを得ない。戦友とはまた違う強い絆が見て取れたが、僕にはそれが何だか分からなかった。言い様もない疎外感を打破しようと相槌をうちながら、僕はついつい口を滑らす。
「ということは、みんな初めてなのかな?」
 いろいろとね、とそのまま続ける僕を取り囲む空気が固まった。そうだよ、これから一緒に頑張ろうね、という子供たちの無邪気な声の他何も聞こえなくなった初夏の庭先で、僕は嗚呼、これは失敗かとこっそり嘆息する。流石にもうこっそり青江などと茶化す気にはなれなかった。
    * * * 
 短刀を中心に集まっていた面々が紹介し終える頃、獅子王君が訝しげに「そういえば石切丸は?」と周囲を見渡した。どうやら他にも山姥切や宗三と呼ばれる刀も来ていないらしい。
「困ったね、迷子になっているのかな」
 特に宗三という刀は出陣直前に顕現したそうで、まだ誰も本丸の中を案内できていないという。小夜君の兄にあたるらしく小さな眉間を不安げに歪めていたが、生憎彼は近侍として審神者と次の出陣について話し合わなければならないようだ。それにしても、血は浴びる物でしかない刀に兄弟がいるというのも不思議なものだ。
 そんな彼を安心させるように、可憐な少年が袈裟に覆われた肩を叩く。
「宗三さんならさっき石切丸さんといたよ!」
「石切丸なら昨日からいたし、任せても大丈夫かな」
 ああでも、あの機動じゃ今日中に回りきれないかもしれないな、と苦虫を噛み潰したような顔をする歌仙君に、乱君はクスクスと花が開くように顔をほころばせた。四番目に来た刀剣男士だよと先程紹介されたものの、やわらかな金の髪を揺らし白く嫋やかな足を交差させている様を見ていると本当のことなのかと疑いたくなるような少年だ。これが所謂男の娘というやつかと一人頷いていると、ふと視線を感じてそちらを見やる。そこには空と見紛う双眸が暗い影を落としながらこちらを睨むように見つめていた。薄汚れてはいるものの雲のように柔らかな白頭巾に日の光のような金の髪は、きっと縁側の下になければ空に混じって気が付かなかっただろう。縁側の下になければ。おそらく先ほど話に出た山姥切君だろう。シャイで可愛いね、とにっかり笑いかけると驚いて引っ込んでしまった。彼とも後でじっくり話しよう、と笑みを深くする僕に気が付いたか気が付いていないのか、歌仙君は僕の胸の前に手を差し出してあたたかな目を細める。
「さあ、今日からここが君の家だよ。案内をしよう。ついておいで」
 大仰に瞬きながら僕は先ほど感じた絆の正体に気が付いたけれど、まだその輪に入っていける気はしなかった。
    * * * 
 あそこは厨、その隣が食堂と懇切丁寧に教えて回る歌仙君は、モノの好みは尋ねても僕の来歴を聞く気はあまりないようだった。
「何せ、ここの刀はみんないろんな過去を持っているからね」
 刀は正しい手入れさえすれば、いつまでも劣化せずにいられる。すなわちそれは、たとえこの国の歴史の大半を見てきた刀でも過去を忘れ去ることができないということだ。
 先ほど話に出た宗三左文字もまた、来歴に縛られた刀だという。一度はトラウマを一緒に克服していこうと拳を握った審神者でさえも、その絶望を帯びた眼差しを間近で見て無闇に踏み込むものではないと考え直したらしい。だから彼の初めての刀である僕もそれに習おうと思って、と歌仙君は目尻を下げてふにゃりと笑った。
「なら、僕にも今の君を教えてほしいな」
 僕ばかり教えるのはフェアじゃないだろう?とぴかぴか光る眼を射止めた時、歌仙、と苛立たしげに目の前の彼を呼ぶ声が聞こえた。ぬっと回廊の角から顔を出したのは光忠君や鶴丸君と一緒にいたはずの倶利伽羅君である。
「もしかして、またかい?」
「ああ、まただ」
 と口をへの字に曲げる倶利伽羅君の話を聞けば、この本丸では近侍が日に何度も変わるのだそうだ。
 近侍は一軍の部隊長が務めるらしい。部隊長になると出陣の度に褒美をもらえるため誰もが張り切るのだが、部隊長がずっと同じではその人ばかり美味しい思いをしてしまう。誉を取ると更なる褒美を得られるというのだから尚更だ。なら褒美をみんなにくれればいいのだけれど、あまりあげすぎると政府に怒られるそうだよ、と僕の心を読んだかのように歌仙君が溜息混じりにこぼしてくれた。
 かくてこの本丸では出陣の度に部隊長が変更される。特に近侍は刀装作りなど様々な仕事を任せられるため、近侍となる一軍の部隊長は出陣でない時にもよく変わるのだという。ちなみに先の出陣の前の近侍も歌仙君だったそうだ。今度は鍛刀だそうだ、と吐き捨てるように言い、倶利伽羅君はみたらし団子に歯を立て器用に串から抜き取った。どうやら誉をあずかった褒美らしい。
 こう落ち着きなく役割を任せられていれば、確かに新人の案内などできないだろう。歌仙君に礼を伝え、ここからは一人で回ろうと踵を返した僕の目の前に突如躍り出たのは、撫子の錦糸だった。ふんわりと桜の甘い香りを纏ったその滑らかな束を目で追えば、そこにあったのは深い深い沼を連想させる蒼と碧の双玉。ひどく驚いたのか草丈の長い縁は歪みない円を描いており、その一本一本が先の絹糸と同じ色をして誘うように揺れている。ぱっちりと音がしそうなほどにゆっくりと瞬くと、その長い睫毛から深い影が落ちる。白磁の肌にうっすらと桜色を乗せたような頬は化粧をしているようには見えず、紅もさしている様子もないのに唇はほんのりと色付いていた。だというのに、確かに彼は男性の面立ちをしている。
 まるで男を惑わす娼婦のような色香を漂わせて、その男は目の前に立っていた。視線だけで見回せるだけ見回すと、僕はもう一度、自分とは異なる蒼と碧の眼を見据える。澱んだ瞳は陽に照らされてぴかぴかと輝いていたが、底を明らめるには至っていない。
 気がつけば僕は、その匂い立つ肌に己が手を伸ばしていた。長い錦糸の縁取りに絡め取られたかのように色違いの瞳から目を離すことができない。もしかしたら錦糸ではなく、男を誘い捕らえる蜘蛛の糸なのかもしれないと思ったその時、僕の指先が触れるか触れないかのところで、彼は柳眉を寄せ吐き捨てた。
「その視線、好きじゃない」
 固まる僕の後ろで宗三、と呼ぶ歌仙君の声が聞こえる。何事もなかったように僕から身を離す彼は、小夜君のとよく似た袈裟を翻し僕の横を過ぎていく。追うように振り返ったが、もうその瞳に僕は映っていなかった。
 これだけの刀を二日で纏めあげた審神者の決意を崩す、絶望を帯びた眼差し。陽に照らされてもなお底を見せない、深い深い沼のような色違いの双眸。歌仙君と楽しげに話すその人は、小夜君の兄。宗三左文字その人だった。
「よかった、探したんだよ。石切丸は?」
「加持祈祷が途中だったようで」
 僕ももう彼の三歩後ろを歩くのは御免です、と彼に言わしめる石切丸という刀は思っていた以上に鈍足らしい。興味が無いといえば嘘になるが、それよりも今は目の前の彼らのことばかりが頭を占めている。
 歌仙君は彼のことがなかなかにお気に入りのようだ。先ほどから口を開けば雅だの風流だのと言っていたので、彼のこともそのように思っているのだろう。けれど、あの瞳の奥にそんなちゃちなものがあるようには思えない。決して武骨なわけではないが、狭い部屋の中でそういった物を楽しむ彼を想像するのはなかなかに難しかった。
 くすくすと笑いあう二人をぼんやりと見つめていると肩を叩かれ、僕はようやく栗毛の頭を視界に入れる。倶梨伽羅君は訝しげに僕の顔を見ると、どうした、と二人には聞こえない声で話しかけてきた。つい先程まで「馴れ合うつもりはない」と距離をとっていたというのに、いったいどういう心変わりなのか。そんな僕に答えるように倶梨伽羅君は、俺もあの刀を初めて見たからな、と二人を一瞥した。何でも彼が顕現した時に鍛刀部屋で侍っていたのが歌仙君だったらしい。その後皆に挨拶はしたそうだが、この男はその場にいなかったという。
 倶利伽羅君はずい、と顔を近づけ、あの刀をどう思った、と険しい顔をして尋ねてくる。顔の整った男に見つめられるのは悪い気はしないが、いかんせん他の目もある。僕は押されるように、別に、とだけ答えた。男は彼とは違う色違いの双眸から視線を外さない。澄んだ黄金色の瞳が見透かすように僕の隠された血の色を覗く。こちらから視線を逸らすには、この男の目は綺麗すぎた。
「あいつのことは以前光忠から聞いたことがある」
 どのくらい経った頃だろうか。倶利伽羅君はついと二人の方を見やると、僕との距離はそのままに、早く主のもとへ行くよう歌仙君を促した。忘れていたようで慌ただしく駆けていく歌仙君を見送りながら、倶梨伽羅君は僕にだけ聞こえるよう囁く。
「宗三左文字、いや義元左文字には気をつけろ」
 あいつは傾国の刀だそうだ、ときつい声色で言われ、僕はようやく彼の来歴に思い当たった。
 義元左文字。数多の天下人の下を渡り歩いた天下取りの刀。その名の由来は、駿河の弓取り今川義元を討った織田信長が記念に磨り上げ銘を彫り、今川の刀として後生大事にしたことにある。
 磨り上げは決して珍しいことではない。そしてその際に新たな銘を入れられることも、決して珍しいことではないと思っている。だが、大きな勲を聞かない彼には、おそらくそれしかないのだろう。
 僕も秀吉親子の下にいた時期があったが、元来戦場を好む僕は刀から離れ外を出歩くことが多かったので、彼の姿は見ず終いだった。柴田にいた頃も重宝されたとはいえ、織田信長は付喪神を見ることができた。一陪臣として扱われていた身では主家の刀を見る機会など到底ない。それが、あのような刀なのか。
 美術品として尊ばれた刀はみんながみんな整った顔立ちをしている。特筆するような美しさはないし、先の反応は可愛げがあるとは思えない。けれど、あの沼に引きずり込まれそうになるのは何故なのか。傾国の刀というのも、あながち間違いではないのかもしれない。
 ここだけ時が止まったかのように、僕らは何をするでもなく立ち止まっていた。彼は相変わらず僕に背を向け、僕はにっかりとその後ろ姿を見つめる。そして倶梨伽羅君はただ眉を顰めていたが、ようやくへの字に曲げた口を開いた。
「俺は行くぞ。お前らは好きにすればいい」
 そう言って踵を返す倶梨伽羅君の肩を、彼はちょっと、と咎めるように掴む。
「まだ本丸を回りきっていないので、案内をお願いしたいのですが」
 そう請われて倶梨伽羅君はいっそう眉間の皺を深くするが、放り出すことができない性分なのだろう。他の者に頼むよう言うとそこまで連れていけと返す彼に辟易しつつも、そのまま去るような真似はしない。
「だいたい貴方、自己紹介もまだじゃないですか」
「それはお前もだろう」
「僕のことはご存知なのでしょう?光忠とは知己の仲と聞きましたが」
「なら光忠に聞け。お前も光忠とは知己だろう」
「生憎、あの頃は彼も数ある長船光忠の一振りでしかなかったので」
 実休ならよく覚えているんですけどね、と悪びれもせず言う彼に、倶利伽羅君は「それは本人に言ってやるなよ」と諦めたようにぼやく。分かっています、と嘘か本当か口元を隠して返事をする彼は、その垂れた両目を僕のむき出しの金眼に向けた。
「貴方が歌仙の言っていた新しい刀ですね?」
 はじめまして、宗三左文字と申します。そう何でもないように言いながら、僕の目から視線を逸らさずに会釈する彼を見ていると好奇心がふつふつと湧き上がった。
 主を殺した敵に奪われ、磨り上げられて名を刻まれる。僕とよく似た経験をしながら、僕とは異なる道を歩んだ刀。彼はその絶望を帯びた瞳に何を映してきたのだろうか?
 遠くから僕らを呼ぶ声が聞こえる。どうやら、みんな食堂に集まっているらしい。倶梨伽羅君は僕らを一瞥すると、何も言わずに僕が来た道を引き返していく。彼もまた倶梨伽羅君の後ろを三歩遅れてついて行くので、彼と肩が触れるほど近くに寄れば、彼は一歩距離を取ろうとしたのかすぐ横の壁に肩をしたたかにぶつけた。仕方がなく僕の顔を見下ろして、何か、と色付いた唇を尖らせる彼は思ったよりも背が高い。僕はにっかりと笑うとちょうどいい高さにある肩に顎を乗せ、彼の耳元に口を寄せた。
「僕はにっかり青江だよ。よろしくね?」
 義元君、と最後に添えた言葉にひくりとひきつらされた頬を、僕は見逃さなかった。
    * * * 
 食堂には先程いた面々の他に二人、見覚えのない男がいた。おそらく獅子王君の横で茶を啜るガタイの良い神主風の男が石切丸だろう。もう一人の、出入口の近くを陣取る審神者の横に座る刀はとてもじゃないが鈍足そうには見えない。猫っ毛の黒髪に荒んだ赤い目が特徴的だが、初めてこの本丸に来たのだろうか。先ほどから借りてきた猫のように忙しなく他の刀を品定めしている。
 どうやら僕らで最後のようだ。一声かけて部屋に入ると、僕よりも頭一つ背の高い審神者は戸を閉めながら声をかけてくる。
「倶利伽羅、案内ありがとうな。この後出陣するから頼んだぞ」
 そうして僕と彼の顔を交互に見ると、仲良き事は良き事だ、と笑みを深くして頷いた。途端に彼の手が強張ったが、せっかく言いくるめて手を繋いだのだ。簡単に離す気はない。
 僕らが部屋の隅に、倶梨伽羅君が伊達のお二方の傍に座ったのを確認すると、審神者は「さっき来た新しい刀だぞ」と隣に座る男の背を押した。立ち上がると僕と同じくらいの背だ。太刀にも脇差にも見えないので打刀だろうか。
「あー。川の下の子です。加州清光。扱いづらいけど、性能はいい感じってね」
 出会い頭から自らを卑下した男は、そんな気配などさせずによろしく、とウインクを一つ飛ばしてみせた。すると同時に隣でうえっという声が上がったので視線を送ってみれば、大和守君が頬をひきつらせている。その様子は僕だけでなく加州君の目にも入ったらしく、加州君は目を剥くとあー!と大きな声で喚いた。
「安定じゃん!何でそんなとこに隠れてるわけ!?」
 声かけてよ!とまくし立てる彼に対して、大和守君は「何ぶりっ子してるの?キモッ」と嘲笑う。すると死角から黒い頭が二つニョキリと生えて作戦失敗だと楽しげに悔しがった。和泉守君と堀川君だ。宗三君が横で目を白黒させているが、おそらく加州君も新撰組の刀ということなのだろう。加州君は新撰組の刀でも最後に来たかと不満げだったが、審神者の話ではもう一人長曽祢という刀が来る予定らしい。もっとも、長曽祢は暫く見つからないだろうと審神者は嘆息していたが。
 自己紹介をするタイミングを逃し、席を立つ者、談笑する者、驚かそうとする者と銘々が動き出す。宗三君は緩んだ僕の手から自らの手を回収すると、弟君の傍へ歩いていってしまった。宗三君が顕現してまもなく小夜君は出陣していたのだ。二人が話をする機会はほとんどなかっただろう。ぎこちなく上擦った声で話しかける小夜君に、宗三君は兄の顔をして優しく頭を撫でている。他の兄弟が現存したとして、僕らはあのようにできるものだろうか。幽霊とはいえ幼子を斬る刀だろうとも。そんなことを考えながら、僕は神主風の男に近寄った。
「お、にっかり!少しは本丸に慣れたか?」
「ああ、それなりにね」
 獅子王君が片手を上げて眩いばかりの笑顔を見せると、隣の男も気がついたのかこちらを振り向いた。今は座っているが背丈は審神者と同じくらいか。肩幅は広く他の刀に比べてずんぐりとした体躯をしているため、おそらく大太刀だろう。朱に縁どられた目を穏やかに細めた彼からは、僕らとは違う汚れのない神聖さを感じる。
「君が石切丸かな?もしかして君、神剣なのかい?」
 ああ、僕はにっかり青江だよ、と色違いの双眼を撓めれば、石切丸はきょとりと瞬きをするが、僕が霊魂を見ることができると分かったらしい。素直に肯定すると「よろしく、御神刀の卵さん」と裏表のない笑みをプレゼントされた。確かに僕は魂を見ることができるけども、むしろ妖刀の類に近いだろうに。けれども石切丸は先ほどと同じ顔をして僕の顔を覗き込んでくる。いたたまれなくなり僕はどっかりと彼の横に腰掛けた。大きな体は厚地の衣越しにも心地よい温もりを訴えている。隣にいる分には居心地は悪くないが、朱に縁どられた彼の目はあまり長いこと見る気にはなれなかった。
「にっかり、あんま石切丸にちょっかいかけるなよ?こいつ全部大真面目に受け取るからさ」
「そのようなつもりはないのだけどね」
「とか言って審神者に加持祈祷グッズをねだりまくった挙句、部屋に神社でも作るのかって呆れられたら本当に神社風に改造したじゃねえか」
「おや?呆れていたのかい?」
 知らなかったな、ととぼける石切丸に獅子王君は諦めたようにもういいと制止するが、その声には親愛の色が隠しきれていない。獅子王君と石切丸はなかなか良いコンビのようだ。聞けば年が近いため昨日から同室で寝起きしているらしい。獅子王君は平安の末に生まれたと言っていたから、石切丸も平安の刀なのだろう。鎌倉初期の可能性もあるが、獅子王君の懐き方には年上に対する甘えが見えた。とはいっても、彼は年下である僕らに対しても子どものように振る舞うので、存外彼が最年長かもしれないが。
 そういえば、この本丸には無数に部屋がある。二人ならば余裕を持って使えるほどの部屋が少なくとも今ここにいる人数分はあったはずだ。それでなくても三部屋を繋げた大部屋もある。ひとりで眠れぬ幼子ならばともかく、何故彼らはわざわざ二人で寝食を共にしようと思ったのだろう。そう疑問を口にする僕に、主の方針でね、と答えたのは石切丸だった。
 何でも主の兄もまた審神者だそうで、主は審神者になる前から隣の兄の本丸に顔を出していたらしい。それぞれの刀の性格を見てきたため、歌仙君に続いて小夜君と倶利伽羅君が来たことで本丸の先行きを危ぶんだそうだ。確かに、口数が少ないうえに口を開けば物騒な物言いをする小夜君や、馴れ合う気がないと公言する倶利伽羅君が本丸のまとめ役になれるかというと首を横に振らざるを得ないだろう。しかも小夜君と歌仙君は細川で一緒にいた時間が長いそうだ。倶利伽羅君が孤立することを危惧してもおかしくない。
「そんなわけで、ここの本丸では必ず二人以上で一部屋を使うことになってるんだ」
 倶利伽羅君も昨日は初対面だった歌仙君と仲良く寝ていたんだよ、とにこやかに語る石切丸の後ろで、獅子王君が「いや、朝起きてきた歌仙やつれてただろ」とツッコミを入れた。話好きの彼のことだ。大方持てる知識の全てを絞って話題を振ったのに全て一蹴されたのだろう。だが、あの彼が歌仙君を呼びに来るほどには仲良くなれたのだ。共に寝起きするというのも悪くないのかもしれない。
 思い立ったなら行動は早かった。彼らとの会話もそこそこに、僕は主の傍らで静かに控えていた歌仙君の肩を叩く。歌仙君は目を見張り背後を振り返ったが、相手が僕だと分かると肩の力を抜いた。
「先ほどは申し訳ないことをしたね」
 これから案内をしたいところだけど、この後出陣だから、と眉尻を下げ彼は申し訳なさそうに微笑んだが、僕の関心は既に他のところにあった。そんなことはおくびにも出さず、僕は本丸の部屋割は決まっているのか、と訊ねる。勿論答えは否だった。
「なんだい?誰か同室になりたい子でもいるのかい?」
 歌仙君は目を見開いて、僕の顔をまじまじと見つめる。確かにこの本丸には可愛い子が多いが、別に節操なしなわけではないのだけれど。心外だなあ、と溜息をつけば、先のことで心苦しいのか、歌仙君は素直に謝ってくれる。その純粋さは嫌いではないが、如何せん彼は素直すぎた。
 歌仙君は主のことをよく見て様々なことを吸収している。歌仙といえば三十六歌仙、三十六の家臣を打ち首にしたと平然と言い放つ刀だ。手打ちばかりしていた主のこともよく見ていたのだろう。今回の主はその主人よりはまともそうなので、是非とも影響を与えてもらいたいものである。彼はどこまでも純粋で可愛らしい刀だが、今のままでは深く踏み込むのは危険すぎる。
「部屋割はみんなで話し合って決めるから、誘うなら今のうちだよ」
 ちなみに誰を誘うんだい?僕は、と言葉を続ける歌仙君に、僕はにっかりと笑みを返して立ち上がった。まさか話を中断されるとは思わなかったのだろう。目を瞬かせる彼を尻目に礼を言い踵を返す僕に、歌仙君は慌てて手を伸ばしてくる。しかし審神者が一軍に招集をかけたため、彼は手を下ろさざるを得なかった。そんな歌仙君から悠々と離れると、僕はお目当ての彼の肩に手を置き、なるべく優しく見えるよう微笑んだ。
「宗三君、よければ僕と同室にならないかい?」
 僕達、いい友達になれそうじゃないか。そう言って笑みを深くすれば、名前をちゃんと呼んだことで少しは気を許してくれたのだろう。考えてあげてもいいですよ、と平然とした顔で僕の瞳を見つめ返す彼の目は、相変わらず底が見えなかったが、厳しい色が僅かに消えていた。
 背後から何かが床にしたたかにぶつかる音と「昨日の二の舞はごめんだ!!」という悲痛な叫びが聞こえたが、僕は何も聞いていないことにした。
    * * *
 紆余曲折あって勝ち取った部屋は本丸の外れの方、西日が強く差し込む庭に面した場所だった。上がった口の端をそのままに軽い足取りで庭に下り立てば、目の前には朱に塗られた新緑の葉桜が広がる。幹は太く根も広く巡らされているこの木は、きっと春になれば彼の髪のような桃色を惜しむことなく見せてくれるだろう。そんな僕の背後ではあ、と万夫が振り返る色めいた溜息を漏らす彼は、茜色に染まった室内でも満開の桜の匂いを漂わせている。
「せっかくだから、箪笥は君が使いなよ」
 僕はあまり物を持つつもりはないからさ、と続ければ、彼は再び息を吐き了承する。たしか人間は溜息をつくたびに幸せが逃げていってしまうのではなかったか。薄幸さに磨きがかかりそのまま花のように散ってしまうのではないか、なんて馬鹿なことが頭に過ぎるが、振り返ってみれば何のことはない。落日の眩い光を一身に浴びながらも、彼はその光を従えるように悠然とそこに佇んでいた。やはり彼は腐っても魔王の佩刀なのだ。
「そんなに落ち込むなら、歌仙君か山姥切君と同室になればよかったのに」
「これが落ち込んでいるように見えますか?」
 うん、すごく。と頷いてみせれば、彼はもう一度嘆息して箪笥の各段を確認し始めてしまった。ついつい意地悪してしまったのは謝罪したのだから、そろそろ機嫌を直してもらいたいものである。悩ましい姿は魅力的だが、せっかくなら他の表情も見せて欲しい。そんなことをそれとなく伝えれば、違うんですよ、と頭を抱えられたが、詳しく聞き出そうにも彼は口を閉ざして開かない。僕は仲良くなりたいだけなのになあ、とぼやいてみるが、彼は先ほどよりも深く深く溜息をつくだけだった。
 加州君の後に来た愛染君と鳴狐君は、藤四郎の兄弟や小夜君、今剣君と共に大部屋で寝起きすることになった。倶利伽羅君は伊達の刀達と同室になり、新撰組の刀達は二部屋に分かれることにしたらしい。獅子王君と石切丸は特に移動するつもりもなかったため、結局余ったのは歌仙君の願い虚しく僕と宗三君、歌仙君、そして山姥切君だった。
 歌仙君は昨夜倶利伽羅君と同室だったのが相当堪えたようで、同じく人と接するのが苦手そうな山姥切君と同室になることを拒み続けた。そのおかげでボロ布に包まって隅っこに体育座りする彼を宥める羽目になったのだ、因果応報というやつだろう。山姥切君は素直に接すればそのうち心を開いてくれるタイプだろうに、自ら墓穴を掘る彼に思わず呆れの声が出てしまった。とはいっても、僕も宗三君と同室になるために彼にちょっかいをかけたので、おそらく暫くは二人きりにもなってくれないだろう。そのうち心を開いてもらえればいいけれど、それまでに下ネタ以外の話術も身につけないといけないな。
 詳しい話は割愛するけども、セクハラが過ぎたのか残念なことに三人とも僕と同室になることを拒んでいた。そこで僕が挑発してみたところ、意地になった宗三君から僕とペアを組んでくれたのだった。そんなわけで彼がいつ出ていってしまうか心配なわけだけれど、唇を尖らせながら僕に五段ある箪笥の分け方を提案している宗三君は、僕と視線を合わせないものの別室に行く気配はなかった。そのことに感謝しつつ、僕は足に引っ掛けたブーツを脱ぎ捨てて新たな自室へと踏み入る。この部屋はまだ誰も使っていなかったのだろう。若々しい藺草の香りとお日様の温もりが目の荒れていない畳から滲み出て、僕らの足下に溜まっている。
 僕が室内へ入ると、宗三君は彼には不似合いな洋服を差し出してくれた。
「普段から戦装束というのも気が張りますから、こちらを使ってくれ、とのことです」
 赤い光に照らされた白く嫋やかな手に包まれていたのは、僕の体躯にぴったりな勝色のジャージだった。ちなみに宗三君には紅藤の着物が用意されていたらしい。箪笥に入っていたという紙には他にも、給金は主が管理しているので入り用があれば主に言うこと、と書かれていた。このほどよく崩された力強い筆使いは、おそらく歌仙君だろう。素直に礼を言えば、宗三君はじっと僕の顔を見上げていたが、少し肩の力を抜くと「お互い給金を貰えるほど活躍できれば良いですね」とぼやくように言うのだった。
 宗三君に断りを入れて、僕の腕のベルトの留め具に手をかける。今日はもう出陣しないのだ、わざわざ戦装束でいる意味はない。ボタンを外すのに苦労しながら、戦装束を再び纏える日がすぐに来ればいいけれど、と考えてふと彼を横目で見れば、彼は先の着物を箪笥の自分の段に仕舞い込もうとしていた。着替えないのかと問えば、彼は眉を顰めてええ、まあ、と口ごもる。だが重厚な法衣に幅広の袈裟は眠るのには適さないだろう。もし視線が気になるなら後ろを向いていると言うと、ようやく彼はそれならと着物を広げた。そんなに肌を見せたくないのなら前を寛げなければいいのに、とも思ったが、目の保養なので言わないことにした。
 実体のない付喪神にとって、服は身体の一部といえる。本来体にあるべき紋様が衣服にある刀がいるのもそのせいだ。着替えるという概念はなく、服が変わるとすればそれは刀の姿形や性質が変化したにすぎない。だからこそ着替えるという初めての行動に戸惑いがないとは言えないが、それ以上の胸の高まりを感じた。
 つい先ほどまで自分の素肌を見る機会も考えもなかった僕は、神秘のベールを一枚一枚剥ぐようにホックを外していく。どんどん裂けていく勝色の間から真白なシャツが生まれる。はらと裂けきった上着をすぐさま取ろうとして気がついた。まだ白装束を後ろに流したままだ。
 少し水を差された心地でチャームを外していると、背後から再び息を吐く音が聞こえた。ついつい振り向きそうになる首を固定しながら、そっとどうかしたのかと尋ねれば、彼は重々しい口取りで「実体のない頃と変わらなかっただけです」と何でもないことを告げた。
「そんなに刻印が気になるのかい?」
 背後で息を呑む気配、そして一瞬だけの殺気。何事かと思う間に、背後の彼は途端にしおらしく、ええ、とだけ答えた。押しつぶしたかのような声は、明らかに何かを堪えている。確かに僕らは今日初めて出会ったけれど、今後共に生活するのに隠し事ばかりじゃあ困る。僕は着替える手を止めずあえて当たり前の言葉を投げかけた。
「今の君の主はあの妙に背の高い審神者だよ?魔王なんて関係ないじゃないか」
 再び発せられた殺気は、今度はすぐには消えなかった。先といい今といい、いったい何が彼の気に障ったというのか。刀は刀。持ち主が変わっても性質は変わらないはずなのに。また怒られるだろうが、僕は口先だけで謝罪しながら理由が分からないことを伝えると、彼は閉口してしまった。「何せ、ここの刀はみんないろんな過去を持っているからね」という歌仙君の言葉を思い出し、失敗したかな、と思ったものの、背後で沈思するように呻く彼の様子に期待を膨らませ、大人しくボタンと格闘することにした。これが見た目よりも外しにくいのだ。
 ようやく彼が重い口を開いた時には、もう僕はシャツのボタンを全て外し終わっていた。
「僕の価値はもう刻印だけなんですよ」
 左の銘を奪われ、実戦刀して使われることもなく、二度焼けて刀としての価値も失いながら刻印の部分ばかり丁寧に再刃される。この刻印は己を縛る枷であると同時に自分自身であると言っても過言ではない。そんなことを口早に言って、貴方にはわからないでしょうね、と彼は嘲るように笑う。その笑みは誰に向けたものだろうか。僕は可笑しくて可笑しくてカラカラと声を上げて笑った。一瞬呆気に取られた彼に了承もなく向き直り、思わず目を細める。
 果たしてそこには片翼の蝶がいた。桜色の肌の上を滑るように、黒くおどろおどろしい羽根が伸びている。その蝶の根元には骸、羽根の先では第六天魔王の五文字がかつての所有者を示していた。いったいどれだけの執念があれば、ただの文字をこのようなおぞましい紋様へ変化させられるのだろうか?
 焼かれる痛みは知らず、京極の宝刀となった後も腰に佩かれ続けた僕には、誰にも使われなかった刀の気持ちは分からないけれども。
「刻印があったって、永遠に君の所有者になるわけじゃない」
「当たり前です」
 僕は魔王の付属品ではありません、と彼は実戦刀らしき苛烈な炎を目に宿し口調を荒らげる。沼の底は紅蓮に包まれて覗くことは叶わないが、その瞳は確かに織田信長が切れ味を認めた左の刀のものだった。だというのに、彼はその性質を失ったという。むしろ彼を包んだ焔はその性質を焼き付けたかのようなのに。それが可笑しくて仕方が無いのだ。
 僕は刀身を削られすぎて、刻印も半分しか残っていない。二人の権六を討ち僕を手に入れた五郎左は、刻印を入れてまもなく僕を使うこともなく手放す羽目になった。「ごめんな、にっかり」と刀身へ向けて呟いた彼の哀しげな後ろ姿は今でも脳裏に描くことができる。たとえ願掛けのように名を刻んだとしても、人は時勢には抗えないのだ。そして、それは魔王とて同じだろう。義元左文字は今川の刀でも魔王の刀でもなく、天下人の刀としてここに在るのだから。
 そんなことを思うままに口に出していると、ふと内腿に視線を感じた。その場所を見れば「羽柴五郎左衛門尉長」と茎に彫られた通りの文字がそっくりそのまま存在していた。まさかこんなところにあったなんて。審神者に見せてくれと請われたら困ってしまうな。そう思いながら瞼を閉じれば、あの時と同じ姿をした五郎左が、使ってやれなくてごめん、と僕に語りかけてくる。同じ家中にあってあれが最後に見た姿になるとは思いもよらなかった。もしもあの時、人の姿を得ていたら彼に何かできたのだろうか。せめて彼が僕の姿を見れていれば。せめて声が届けば、彼は早まらなかったのだろうか。
 鬼の権六、於国丸、そして五郎左。別れというのは案外呆気なく来るものだと、あの時僕は初めて知ったのだった。
「よかったじゃないか。なまくらになっても主に大切にされてきたのだろう?」
 まあ僕は振るわれた方がいいけどね、と笑いかけながら、じっと彼の双眸をのぞき込む。少し澄んだ沼の底に見える炎は一際輝くと、再びその姿を隠していく。もしも彼がなまくらでなくなれば。もしも共に戦に出ることがあれば。きっとこの炎は烈しく彼の身を焦がし、飾らない本来の姿を見せてくれるに違いない。
 僕らを歓迎する可愛らしい同僚達に、同じ部屋で微睡む魅力的な彼。突然放り込まれたこの本丸での生活は、なかなかに面白いことになりそうだ。
「ほら、笑いなよ、にっかりと」
 そんな先を想像して手本を見せれば、義元君は観念したように吐き捨てた。
「本当に気に障るようなことしか言わない人ですね」
 でも、そんな考え方もないとは言えない、と呟く彼の溜め息は、相変わらず沼の底まで届かんばかりに深かったが、ほんの少しだけ軽くなったような気がした。
 翌朝寝坊した僕らを起こしに来て、一つの布団で寄り添う僕らを見た歌仙君に盛大な勘違いをされた挙句、審神者に責任を取るよう厳命されるのだが、それはまた別のお話。
うちと隣の本丸事情
 うちの本丸のにっかり青江が顕現した日

<<2015/10/05 13:09 うちと隣の本丸事情第一弾!というわけでにっかり視点の二日目の様子です。
 無駄に長くて申し訳ない。15000字超とか初めてですよ。なかなかにっかりの文にならなくてなあ。せめてもっとずれた擬態語を使いたかった。
 いきなりマイナーCPですが、元々くっつけるつもりはなかったんです。本当です。気が付いたらくっついていた程度にはにか宗好きなんです。オッドアイ組いいよね!
 実際に書いてみたら思った以上ににっかりが宗三に興味津々で書いた本人が驚いています。
 でも本当は部屋割の部分と鏡台をおねだりしたい宗三におねだりの仕方を教える部分をメインにしたかったんだ……出会って初日はもっと仲が良かったはずなんだ……刻印の話はR18にして分けようと思っていたんだ……ナニコレ。
 これを書き始めたのは本丸開始から25日ほどだったはずですが、投稿時には112日目になっています。
 現在三日月も江雪も日本号も来ています。平野君ももう少しで獲得できそう。小狐と明石は未実装。
 部屋割もこの時とはだいぶ変化しましたが、それは次回の歌仙が部屋割で悩む話や、そのうち書く日本号の部屋割が決まらないお話で。
 うちの本丸のカップルはまだこの二人しかいませんが、歌仙が三日月に片思い(報われない)していますし、暴走しかけの光忠とか日へしとかも書きたいですね!まだフラグが立たないけど!!

 文字数の問題で補足はPixivの方にのみつけさせてもらいます。よろしければそちらもご覧ください。>>

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